Dr Makoto’s BLOG

【新春随筆】浅く広く、ちょっと欲張りに ~趣味とドーパミン

音楽2018.01.04

                      *本文は札幌市医師会通信 新春随筆(廣谷 著)より抜粋しております。

  当院へ通院される患者さんで最も多いパーキンソン病は、中脳黒質の変性により脳内ドーパミン産生が低下し、振戦や動作緩慢、さらには抑うつ、無気力、睡眠異常などが出現します。そのため、パーキンソン病治療では「減っている脳内ドーパミンをどうやって増やすか?」ということがひとつの大きなテーマです。

  ドーパミンは健康な方の脳でも分泌されており、世間では「ご褒美・快楽ホルモン」と呼ばれることも多いようです。ワクワク、ドキドキ、達成感、美味しい、美しい、そんなことを感じる瞬間に分泌されるので、ついつい無意識にそれらを求める行動をするようになります。ファイターズの観戦応援、アイドルの追っかけ、ケーキバイキング、ゲーム、自分磨き、登山・・・どれもよくある日常ですが、多くの方が本能的にドーパミンを求めてついつい繰り返してしまうことです。

  今まで意識したことはなかったのですが、私のプライベートでのドーパミン分泌タイミングはいつか?と振り返ってみますと、おそらく音楽、ジョギング、旅行のときではないかと感じています。

  学生時代の所属は自称医学部音楽科、出席を取って講義室を抜け出しては、オーケストラのバイオリンを弾くことに没頭していました。スポーツと同様に楽器の基礎練習は毎日孤独で地道な作業の繰り返し、基礎練習にドーパミンが分泌される要素は皆無でしたが、メンバーが集まって一緒に弾く合奏やアンサンブルになるとまさに快楽の境地で、今思うとドーパミンが溢れ出ていたはずです。さらに練習が終わるや否や仲間と行く飲み会になると、私の脳内ドーパミンは最高潮となり、ついつい飲み過ぎて記憶を失っては翌日に後悔する・・・。でも気づくとその繰り返し・繰り返しで、なんとまぁドーパミンに支配された6年間であったことでしょう。個人よりも集団でひとつことを成し遂げるときに、ドーパミンはさらに分泌されるとも言われており、オーケストラはその意味でも適っているのですが、私には良い意味で中毒性があったのかもしれません。

  ドーパミンというのは、適度に分泌されると心地よい気分となり、身体や気持ちを健康に導いてくれますが、度が過ぎて分泌されると、いわゆる「依存症」の状態になると言われています。代表的な依存症であるアルコール・喫煙・食事(肥満)・ドラッグ・セックスはいずれも強力にドーパミンを分泌させ脳に快楽を感じさせます。ドーパミンへの耐性が、さらにドーパミンを求めて行為をエスカレートさせ、自分ではコントロールが効かなくなる「依存症」の状態となってしまいます。代替なくひとつのことに没頭し過ぎて依存症にならないよう、多くの方は理性でコントロールをしていますが、依存症とまでいかなくても、趣味や仕事などに程よくハマる、「中毒性」は、きっと多くの方が経験しているのではないでしょうか。

  私のドーパミンは恐らく健康な範囲内で分泌されていたと信じていますが、30代にはいってからは音楽に加えジョギングでドーパミンが溢れるのを感じるようになったと、今になって振り返ります。走ること自体は孤独で地道な作業ですが、続けていれば必ずといってよいほど結果を伴います。少しずつ伸びていく距離、縮んでいくタイムをみてはニンマリと達成感、目に見える数字・結果がドーパミン報酬系を活性化するのは至極当然のことでした。走ることに気分が乗らないときは、走り始めはたいそう身体が重くても、15分も経てばスッと身体が軽くなる「ランナーズ・ハイ」がやってくる。βエンドルフィンが分泌され、ドーパミンが分泌されやすい脳内環境となることを、リアルタイムで実感できる瞬間です。

  このように、ドーパミンの分泌を感じながら、「趣味」で物事にハマることは、仕事や家庭へも好い影響を与えるのではないかと、これは自分への慰めとして信じています。正確には「信じるようにしている」と言ったほうが適切かもしれません。なぜなら、よくある「休日ゴルフにいそしむ夫と自宅で待つ妻の関係」然り、残念ながら周囲が自分の趣味を好意的にとってくれる保障はないことを肝に銘じなければならないためです。これはまだ健康な範疇と思っていますが、ハマりすぎて趣味の域を超えてしまうことは、ときに「しなければならない」という強迫観念に苛まれることでしょう。そうなるとドーパミンの分泌が促されないことはもちろん、セロトニン分泌も低下し、必ずしも健康な脳とは言い切れなくなってしまいます。これは仕事や家庭などをもつ社会人として、あまり好ましくないことと想像します。

  20代のときに所属していたオーケストラで、人生経験豊かな初老の男性がしょっちゅう音程やリズムを外しながらも、何故かいつも楽しそうにバイオリンを弾いていたのを憶えています。その初老男性から宴の席で「趣味は浅く広くに越したことはない」と聞かされ、当時の私はしっくり腑に落ちなかったのですが、今になってその意味が少し分かったような気がします。

  さて、ここ数年は、休暇の旅行先を選択するポイントに、聴きたい演奏会があるか、ジョギングに心地よい風景があるかが重要なファクターとなっていることに気づきました。ドーパミンの赴くがままに欲張りであるということは自分ではなかなか気づきにくいものです。必然的にパリに行くことが多く、BGMにお気に入りのバッハ、ラヴェルを流しながら街中を走る、近年はこの繰り返しです。束の間ドーパミンに溢れる時間を過ごすことが、私の脳にリフレッシュとなっているようで、40代に入ったこれからもドーパミンに支配される日々がしばらく続きそうです。

廣谷 真

廣谷 真Makoto Hirotani

札幌パーキンソンMS
神経内科クリニック 院長

【専門分野】神経内科全般とくに多発性硬化症などの免疫性神経疾患、末梢神経疾患
眼瞼けいれん・顔面けいれん・四肢の痙縮に対するボトックス注射も行います。

【趣味・特技】オーケストラ演奏、ジョギング、スポーツ観戦、犬の散歩